ヒマラヤ氷河池のレポート /大森弘一郎 2010年3月

floating image
私たちは日本の山の美しい氷河地形の中に居て楽しみますが、これは死んだ氷河の跡なのです。
では今生きている氷河はと昨年の11月に、ヒマラヤのチョーユーから流れるゴジュンバ氷河のターミナル・モレーンを見て来ました。氷河の変化の動きが良くわかりました。ここに決壊危険のある氷河湖が出来るだろうか。それを防げるかを考えました。そしてその延長線上にネパール・ヒマラヤ全体が視野に入ってきます。ALOSの助っ人も居ます。
関心のある方には写真の生データーをCDでお送りしますのでお知らせ下さい(本文参照)。



2009年11月30日にゴジュンバ氷河調査から帰ってきました。今まで考えていたことに併せて、その後考えた今後の活動をご報告します。この活動に関心のある方はお知らせ下さい、必要な方には以下の原画データー(5MB×40)のCDを実費でお送りします。
zero@qb3.so-net.ne.jp大森へ。

この画像集方式はホームページを重くせずに、細密な原画を必要な方にお渡しする方法の試みでもあります。今年の4月には、このターミナル・モレーンの空撮をして来ますが、この原画データーを皆様に利用して頂くことに、この方法が使えるかどうかの試みでもあります。(12MB×40のCDまたはもっと大きいDVDで)
今回の調査は足掛け18日、現地の滞在わずか3日間のミニ現地調査でしたが、多くのことを知ることが出来ました。そしてそれから今後の計画が生まれたものです。

ヒマラヤには2000の氷河があり、200の氷河湖があり、それら全てには潜在危険があり、今4つの氷河が危機にさらされていると言われています。
マナスルの南西約10kmにあるツラギ氷河、エベレストの南西約45kmにあるツォー・ロルパ氷河、エべレストの南約9kmのイムジャ氷河、マカルーの南約10kmにあるローアー・バルン氷河。いずれも約1億トンの貯水量で、衛星写真から読み取ると、2007年までに15年間で最大45%貯水量が増えています。ツォー・ロルパは例外的に安定していますが、これはサイホン、放水路、水門などの対策が効果を発揮しているからだと思われます。

地球温暖化のため、ヒマラヤの氷河の後退は止まりません。夏の雨季に雪が降るヒマラヤでは、涵養域に降る雪の高度が上がって、下部が雨になるため、氷河後退に大きく影響します。
その状況はランドサットより優れた能力を持つ、日本のALOS(だいち)の画像データ―で監視が可能のはずです。
 
この左の写真のように調査地をカバーしていて、これの要部を拡大することが出来ます。ALOSの分解能は黒白で2.5mピクセル、カラーで10mピクセルで、ゴルフ場を見た右の写真の例ではバンカーや池を確認できていますから氷河湖を監視するには十分な能力を持っていますし、氷河池の有無の監視にもとどきそうです。この衛星は同じ地点を70日に1回見ていてくれますので、雨季を除く雲の無い同じ時期の変化を監視出来ます。高度差の誤差は10mぐらいです。

ヒマラヤの氷河の後退現象は、残念なことですが温暖化を止めない限り続きます。われわれに出来ることは、それによる被害を小さくすることですが、ヒマラヤ全域を考えると大変なことになります。 特に1億トンの水を、氷と岩と粘土で出来たモレーンの堰で止めて貯えてある氷河湖を安全にすることは、大変な労力と危険があります。小さいグループに手の出せる規模ではありません。

しかし考えてみるとこれらの湖は始めは皆小さな池でした。今湖を持たない氷河もいずれ氷河池が出来、大きい氷河湖に育ちます。この池を見つけ、どのように成長するかを考え、池の時に対策を取ることなら、我々でもまた地元の人でも出来るレベルだと思えます。この計画は、この発想を具体化したものです。

氷河は必ず氷河湖を作るとは限りません、融けた水を排出して、乾いた状態で上手に縮小してくれることもあります。また氷河湖は必ず決壊するとは限りません。安定した堰が出来て、安定した湖の状態に育ってくれる場合もあります。氷河のターミナル・モレーンには氷が混ざっていますから移動が止まったあと氷河湖の水位が低ければ、次第に堤が縮小して、地形によればそのまま安定してくれます。
このような氷河ごとにある予測される変化を読み解くことも必要です。

出来てしまった危険な氷河湖の安全対策としては、サイホンで水を抜いて上手に放水するか、危険の予知が出来る手段を持つか、しかし、いずれにせよ大変な作業です。堰を削って安全に放水路を作るのは、堰の決壊危険を伴う至難の業です。

全ての氷河に対策を講じることは不可能です。そこで危険度の順位付けをして、費用対効果で策を講じるのが得策です。さらにその順位付けを数10年後の予測を行ってやれればなお良いと言えます。また下流域での予測される被害の大きさも、順位付けの対象になります。

堤の巾が厚くて高さが水面より高く、自然の放水が行われていて安定しているほど安全度が高く、涵養域が広くて、上部に張り出した不安定な氷河があり、堤が薄く水面との差が小さい時は危険度が大きいです。1991年に決壊したこのツォ・カップの場合は上部の氷河から氷塊が落下した衝撃で堰があふれ、一気に切れたものだと思われますが、このような状況が予測されます。
 
一方、いずれ出来る氷河湖の初期段階の、上の写真のような氷河池のレベルの時に、流路を確保して水面上昇を防いでおくことが出来ると、将来、危険氷河湖が増えるのを未然に防いでいることになります。この作業は、氷河池の時は貯留している水の量が少ないので、危険度は低く、費用において、小さいグループで行える規模であり、数の多い氷河と取り組むのに有効な手段だと思います。

今回見て来たターミナル・モレーンの状況がこの画像集の中にありますが、このように池が出来て、次第に大きくなりつながり湖になるのだと思われます。この写真の中の似た2枚の写真がありますが、これは立体になりますから試みてください。

チャドテンと言う低い山の頂上近くからも、基線を20mにした実体視の出来る写真を撮りました(8308〜8312)
     

画像の中にある赤い岩の場所が定点ですから、次に行かれる方はぜひここから氷河の状況を記録してください。今後の変化をウオッチしましょう。登る途中からこの赤い岩は見えるようになっています。
 
(8308〜8312)の写真からシービーエス株式会社のご協力により、立体画像を作ったのが下の2枚です
 
2007年から運用している、ALOSの存在とこれが持つ分解能は、今後の氷河対策を行う上で有力です。その能力の限界により、小さい池の識別は出来ませんが、大きい池(ゴルフ場のバンカーぐらい)の識別にはとどいています。今回はALOSの能力を知らず、ランドサットの画像(画像集の9342)で現地の池を辿りました。画像と現場との差に戸惑いましたが、それなりに役立ちました。さらに分解能の良いALOSには期待しますが、当然限界があり、これだけでは目的を達成できません。
これまでの経験を通して、以下のように今後の作業を考えました。

 @ クンブ地域全体をカバーするALOSの画像データーで、成長の予測される注意地点を抽出する。ALOSの運用開始は2007年であるが、得られる古いデーターと最新データ―を使い、クンブ全域を見る。
 A クンブ全域の中から選んだ場所を、拡大画像にし、これを使って現場の状況を予測し、対策を考える。ランドサット画像と現場調査の対比、また2009年のALOSとの対比も参考にする。
 B ALOSの画像は700km(現在高度)から見たものです。ALOSで選んだ注意地点沿いに氷河を小型機で高度差2kmの高度を飛び、GPS搭載カメラで立体撮影する(幸い我々にはこの技術と経験が豊富である)。この写真の画像解析により、現場の状況の理解を深める。
 C 以上の空撮画像をインターネットで公開し、必要者には細密画像をDVDに入れて送る(今回はそれの予行演習でもあります)。
 D ゴジュンバ氷河をサンプルにして、現場調査を行い、@Aで読み取ったこととの整合をし、ALOS画像からの予測力を高め、クンブ地域のALOS画像に危険部を示して公開する。
 E ゴジュンバ氷河の拡大している上部の池の水位を下げる作業を試みる。今回の調査地の調査地点(画像集にない川が淀んでいる瀬の所)を第1候補として現場で選ぶ。この作業はサガルマタ・ポリューション・コントロールセンター(センター長・アンプルバ・シェルパ)と共同で行う。

 (以下は次の年以降に続けてやりたいこと)
 F ALOSデータ―を定期的に入手し、全域の変化をウオッチし、注意部の情報を公開することを続ける。必要なら空撮と現地調査を行う。
 G 状況により監視エリアをクンブ地区以外に広げる。
 H Eの作業結果を活かして、ゴジュンバ氷河湖の発生を防ぐ作業を続ける。
 I 10年後、20年後の予測危険氷河湖を記入した地図を作る

氷河池対策チームを、一般からも参加者を集めて拡大してやりたいと考えています。関心をお持ちの方はご参加ください。 (このレポートは以下を参考にしてお読み頂くと理解に役立つと思います)。次にはこれをホームページに入れます。

会報3号には1983年と2003年にはスイスのヒューフィ氷河の変化を知るために、同じ日の同じ時間に同じ位置から写した写真。
会報5号にはシッキムで体験した、消えた氷河湖(151頁)。
会報7号に「ヒマラヤの氷河湖に対してやりたいこと」(165〜172頁)
会報8号に「氷河湖の災害防止対策の進展」(176〜181頁)。)
会報9号に載せた2009年の調査の速報。

なお、このプロジェクトは財団法人リモート・センシング技術センター、シーピーエス株式会社、株式会社共立理化学研究所、シャレークリスチャニアとそのお客様、その他のみなさまのご協力で進めているものです。厚く御礼申し上げます。